line
都市伝説に秘められた謎

line

サザエさん

日本国民であれば、サザエさんを知らない人はいないくらい、超有名な漫画です。

日曜日に放送されているアニメ番組は長寿番組の一つで、サザエさんを見ていると、もうすぐ休日が終わり、明日から仕事だ……と思ってしまう、『サザエさん症候群』という言葉が生まれたくらい、誰もが知っている漫画ですね。

サザエさんの誕生

サザエさんは、日本で始めての女性プロ漫画家・故長谷川町子原作の漫画で、1946年4月22日、福岡県の地方新聞の四コマ漫画として連載が始まりました。

当時サザエさんはまだ独身で、磯野サザエと言いました。両親に波兵、フネ、弟妹にカツオ、ワカメがいます。テレビアニメと違い、原作の方では、ワカメもいたずらっ子でちょっとずるがしこい部分を除かせています。

舞台は博多でした。当時、作者の長谷川町子は西日本新聞社の絵画部に所属していて、新聞への連載を頼まれ、妹と共に百道海岸付近を散歩していて、サザエさんの家族構成や名前を思いつきました。

最初アルバイトのつもりではじめたサザエさんが、国民的漫画になることを、本人も予想していなかったでしょう。

長谷川町子の東京への引越しで、サザエさんの新聞連載も一時打ち切られました。打ち切り直前に、サザエさんはマスオさんと結婚し、フグ田サザエになります。東京に移ってから連載が再開されますが、いくつかの新聞に掲載が変わり、1974年2月21日の掲載を最後に休載し、そのまま打ち切りになりました。

連載総数6477本になります。

サザエさんの都市伝説

サザエさんの都市伝説は、普通の都市伝説とは違い、あくまでも想像の域を出ないようなものばかりです。

戦後の日本社会に、家族漫画を通して潤いと安らぎを与えてきた漫画だけに、反対のことを言われる都市伝説が多いことが特徴です。

サザエさんには最終回が用意されている

テレビアニメの中で、夏休みやゴールデンウィークになると、日本国中旅行をするサザエさん一家ですが、海外旅行に行くことになりました。

カツオが商店街の福引で1等のハワイ旅行を当てたのです。もちろん磯野家は大喜びで、一家全員でハワイへと旅立ちます。

ところが、磯野家を乗せた飛行機が、途中で海に落ちてしまいます。乗客は皆生みに投げ出されますが、磯野家は、サザエは貝のさざえに、カツオは魚の鰹に、ワカメは海草のワカメに……といったように、それぞれの名前に合ったものに姿を変え、海へと帰っていきました。

以前、サザエさんの放送のエンディングで、次回予告が終わった後、サザエさんが『来週もまた見てくださいね』と言ったあとに、食べているものを喉に詰まらせて、よく『んがふふ』と真似されていたのですが、子供が真似たら危ないとのクレームから、長年の喉を詰まらせるパターンからジャンケンのパターンに変ったのは有名な出来事です。

この他にも、サザエさんとマスオさんの枕元にあるティッシュが卑猥だとのクレームが入り、次回以降から、サザエさんとマスオさんの部屋からはティッシュがなくなってしまいました。

サザエさんとは従兄弟にあたるノリ助さん(波兵の妹の息子)ですが、その息子、イクラちゃんは『は〜い!』『バブゥ〜』しかセリフがありません。

1度、普通に話したことがあるのですが、視聴者の評判が悪く、すぐに元の喋れないイクラちゃんに戻ったのです。

脚本家で有名な三谷幸喜が、サザエさんの脚本を書いたことがありました。

全部で4本かかれましたが、3本目に執筆した作品で、タラちゃんが筋肉増強剤を使ってオリンピックに出る夢を見るという『タラちゃん成長期』の回が、プロデューサーの逆鱗に触れてしまい、二度とサザエさんの仕事が来ることがなかったと言う……。

サザエさんの家

鎌倉市に、サザエさんの家と呼ばれる幽霊屋敷があると言われています。

噂の廃屋は2003年の年末に建物の一部を不審火によって消失し、現在は更地になっていますが、建物がなくなっても尚、口コミやインターネットで語られ続け、もはや一つの家屋を示す言葉ではなく、口承・伝承を通して生まれ、発展した都市伝説と化してしまいました。

ことの始まりは、30年以上放置されていた廃屋で、いつからか怪奇現象が起こると噂され、心霊スポットとして有名になりました。全国から肝試しにくる人が絶えなかったため、関係者が有刺鉄線をめぐらせて立ち入り禁止の旨を表記すると、それが尚更、いわくや因縁があるからだと噂に信憑性をつけることになり、肝試しに訪れる者は引けをきりませんでした。

サザエさんの家と呼ばれる由縁は、表札に『磯野』と書かれていたからだと言われています。


ページ上部へ