line
都市伝説に秘められた謎

line

赤マント

赤いマントをつけた怪人の都市伝説です。とても古い都市伝説なのですが、今でも語られている文字通り『伝説』となっている都市伝説です。

当時は子供達を恐怖に陥れて、警察まで動いた都市伝説です。口裂け女も社会現象まで引き起こしましたが、それ以前に、赤マントの都市伝説も、社会現象を引き起こしていたのです。

赤マントの都市伝説

赤マントの都市伝説は、1940年1月頃、東京谷中で起こった少女暴行殺人事件と、芥川龍之介の『杜子春』をベースにした、『赤マント』という紙芝居が交じり合って生まれた都市伝説と言えます。

赤いマントをつけた男が子供を誘拐し、命を奪ってしまう。

女の子だけを狙うこともあり、暴行してから命を奪う。

紙芝居の内容は、赤いマントの魔法使いが、靴磨きで生計を立てていた少年を弟子にするという、物語としては、何の差しさわりもないものでしたが、都市伝説の余波を受けて、紙芝居が警察に押収される騒ぎにまで発展しました。

赤マントの伝わり方

赤マントの都市伝説が生まれた年を見てお分かりのように、1940年と言えば、昭和15年です。もちろん携帯電話もパソコンもない時代です。ですから、この噂は東京で発生し、純粋に、口伝えで伝わったものと言えます。東京で生まれ、大阪まで噂が流れたと言われています。(警察が動いたのは大阪です)

しかし、赤マントの都市伝説が生まれた経緯が、東京ではなく大阪だとする説もあり、時期も少しズレています。

1935年、昭和10年ですが、『地下室に現れるマント姿の男』の話が大阪から1〜2年かけて東京まで伝わり、それから赤マントの都市伝説が生まれたとされる説です。

1940年には北九州にまで広がり、なんと、当時まだ日本に統治されていた北朝鮮でも、日本人小学生の間では噂になっていたと言います。

また、別の説では、社会主義だった男性が、人々を混乱させるために流したデマとも言われていて、後にこの男性は逮捕されたというオチまでついています。

この赤マントの都市伝説の派生として、『赤マント・青マント』の都市伝説が生まれ、更には『赤い紙・青い紙』の都市伝説が生まれたと言われています。

赤マントからの派生

かなり古くからある赤マントの都市伝説ですが、舞台を学校のトイレに移して、2つの派生で都市伝説が生まれています。

赤マント・青マント

誰もいない小学校のトイレで用を足そうとすると、どこからともなく背の高い青白い顔の男が現れ、『赤いマントと青いマント、どっちが欲しい?』と質問されます。答えなければこの男はいなくなりません。

『赤いマント』と答えると男にナイフで刺され、噴出した血で全身が真っ赤に染まって息絶えてしまいます。

『青いマント』と答えると全身の血を吸い取られてしまい、体が真っ青になって息絶えてしまいます。

どっちを選んでも結果は同じと言う、突っ込みどころ満載の都市伝説なのです。

赤い紙・青い紙

夕方、学校のトイレを使い、紙を使おうとするとありませんでした。

するとどこからか声が聞こえてきます。 『赤い紙が欲しいか?青い紙が欲しいか?』 赤い紙と答えると、全身から血が噴出して息絶えてしまいます。 この話を聞いた生徒たちは、夕方のトイレに行かなくなりました。

ある日、どうしても我慢できなくなり、恐る恐る夕方のトイレで用を足していると、どこからか声が聞こえてきました。 『赤い紙が欲しいか?青い紙が欲しいか?』 赤い紙と答えて全身から血が噴出した話を思い出し、『青い紙』と答えました。すると、全身の血を吸い取られ、真っ青になって息絶えてしまいました。

赤い紙・青い紙の都市伝説は、日本で生まれてお隣、韓国まで広まった都市伝説です。1930年頃にはすでに奈良市の小学生の間で囁かれていた都市伝説だとも言われています。

京都では、節分の夜にトイレに行くと、『カイナデ』というお尻を撫でる妖怪が出て、それを防ぐために、『赤い紙やろうか、白い紙やろうか』と唱えると良いとされていました。この話しが変化して、赤い紙・青い紙になったとも言われています。

この変形として、『赤い紙』と答えると、上から血が降ってきて、『白い紙』と答えると、壁から白い手が出てくるパターンもあります。

違う色を答えると、冥界に引きずり込まれるので、『どっちもいらない』と答えると回避できると言われています。


ページ上部へ