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都市伝説に秘められた謎

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だるま女

だるま女は手足のない女性のことを言います。その姿がだるまに似ていることからこう呼ばれます。

都市伝説としての『だるま女』だけではなく、実際にだるま女として生きた女性もいたことは事実です。

都市伝説の元になる噂

だるま女

だるま女の元になっている昔の噂があります。

誘拐されたり、借金が払えなくなって連れて行かれた女性が、両手両足を切断されてだるまのような姿にされ、時には言葉を話せないように舌も切られ、置物のようになってしまった姿で、外国の富豪に高額で売られていくという噂です。

昔から言われている噂ですが、事実かどうかも分からないために、この噂自体が都市伝説と化しています。

だるま女の都市伝説

ある若い夫婦が海外旅行にでかけ、とあるブティックに立ち寄りました。気に入った服を見つけた妻は、洋服を片手に試着室に入りました。

試着を待ちながら服を見ていた夫は、いつまでも試着室から出てこない妻が心配になり、声をかけてみます。けれども中から返事はありません。不審に思い試着室を覗いてみると、試着のために持ち込んだ服だけが残されていて、妻の姿はありませんでした。店員に聞いてみても現地の警察に通報しても、言葉の壁や目撃情報がないことなどから捜査は早々に打ち切られ、夫は日本に帰されてしまいます。

数年後、会社の慰安旅行で外国を訪れていた夫。同僚と共に上司に連れられて、【達磨】と看板を揚げているバーに入りました。バーと言いながらもストリップ小屋のようなところで、気が進まなかった夫は席を立とうとしました。こんな所で上司と二人きりは嫌だと同僚に止められ、諦めかけて舞台に目を向けると、司会役の外国人男性がなにやら意味深な雰囲気で、マイク越しになにやら囁いています。店内はシンと静まり、その雰囲気に夫も思い留まって椅子に腰をおろします。

そしてステージに連れてこられたのは、両手両足を切断されて壁に固定された、裸のだるまのような女でした。話せないように舌も切られているらしく、言葉にならないうなり声をあげながらヨダレをたらし、焦点の定まらない目で空を見つめていました。

そのだるま女こそ、あの日、旅行先のブティックから忽然と姿を消した、自分の妻にほかなりませんでした。夫はありとあらゆる手を尽くし、地元マフィアにお金を積んで、妻を取り戻して日本に連れ帰ります。

しかし、手足がないだけではなく、精神も壊れていて、もうすでに以前の妻ではありませんでした。今でもどこかの病院で、ひっそりとだるま女となった妻は入院生活を送っているのです。

真実かどうか

だるま女

この都市伝説は昔から言われているものです。真実かどうかと言う視点から見ると、恐らく真実ではないでしょう。しかし、外国での人身売買や誘拐は実在しますし、手足などのない障害を持った人による見世物も実在します。

有名なところでは、中村久子という女性が幼い頃、凍傷が元で両手両足を失い、口だけで裁縫や書をしたためるのを芸として見せる見世物を生活の糧としていた女性です。

しかし中村久子の場合は悲壮感はなく、夫や娘もおり、やがては見世物小屋をやめて執筆活動や講演などをするようになります。強く生きる久子の姿に心打たれるものも多く、かのヘレン・ケラーと会った時には、口で縫った日本人形を贈り、『私よりも素晴らしい人』と賞されました。

手足のない『だるま女』として見世物小屋で働いた過去もありましたが、晩年は、高山身障者福祉会の初代会長を務めたり、厚生大臣賞を受賞したりしています。

昭和43年、72歳でその波乱に満ちた生涯を閉じます。

苦難を乗り越えて、中村久子は素晴らしい言葉を残していきました。

人の命とはつくづく不思議なもの。確かなことは、自分で生きているのではない。生かされているのだと言う事です。どんなところにも必ず生かされていく道がある。すなわち人生に絶望なし。いかなる人生にも決して絶望はないのだ。

都市伝説でおもしろおかしく伝えられているだるま女ですが、こうして実際に、苦難を乗り越えて、強く生きた女性もいたということを、心のどこかにとめておいてあげてください。


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